自己肯定感と親からの影響 1 ~自己肯定感の低さはどこから来てどこへ行くのか~

こんばんは。SMEです。

今日から数日は、以前書いた「女性における母親の影響」について掘り下げて考えたいと思います。

「自分は何もできない」という思いは、親からの影響である可能性があります。

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親からの承認が足りず自己肯定できない大人

以前書いたのがこちらの記事。

www.howtoworkatsme.net

できれば目を通していただくと分かりやすいのですが、内容としては

 「親(特に母親)から手放しで肯定されてこないと自己評価が以上に低くなる」

という事象について書いたものでした。

 

この記事をアップしてから、SNSでも対面でも

「私もそうなんです」

「自分のことかと思いました」

「自分では気づいていませんでしたが、この生きにくさは自己肯定感の低さによるものかもしれません」

というお声をいくつかいただきました。

 「親からの非承認による自己肯定感の低さ」問題、多くの方が悩んでいるようなのです。

 

 

親からの非承認とは「虐待」ではない

ここで言う親からの非承認とは、虐待(ネグレクトや暴力)ではありません。

虐待を受けたとまでは言えなくても、驚くほど人格にマイナスの影響を受けている人がいるのです。

 

親からの何気ない一言、

「あんたはお兄ちゃんに比べると本当にダメね」

「隣の●●君は◯◯高校だって。あんたも見習いなさいよ」

のような他者との比較、あるいは

「男の子が欲しかったなぁ」

「全然女の子らしくないわね」

といった容姿や性格・ジェンダーそのものへのネガティブな発言

「あなたならもっと上を目指せるでしょ!」

「もうちょっと頑張ろうね」

といった叱咤激励といったものが、親からの非承認になってしまうのです。

親にとっては子供を否定するつもりはなくても、言われた子どもからすれば「自分は親から受け入れられていない」という意識を持つことになります。

 

 

自己肯定感が低い大人はいかにして生まれるか

このようにして子供は

「親が自分を受け入れてくれるのは、私(僕)そのものを受け入れてくれるのではない」

「いい子であること、いい点を取ったことなど、『成果』を褒めてくれるのだ」

という思考が刷り込まれてしまいます。

 

加えて言えば、「言った方は覚えていなくても言われた方は覚えている」ものです。

たった一度の発言でも子供にとっては胸に刺さるのみならず、それが続けば傷は深く広くなる。

また、子どもにとって親からの評価は絶対に近いものがあります。

学校の先生や友達に評価されているからいいや、と思えるほど、子どもの精神はタフではない。

そのため自己肯定感が低いまま成長します。

どこかで冷静になれればいいのですが、10年以上の刷り込みは簡単に消えるものではありません。

大人になってから誰かに褒められても、素直に受け止めることができない。

結果として「自己肯定感が異常に低い大人」が生まれるわけです。

 

単純に言ってしまえば「親からも認められなかった自分が他人から認められるはずがない」ということですが、往々にして本人たちはそこまで自己認識・言語化できているわけでもありません。

 

 

自己肯定感が低いと心を病みやすい

自己肯定感については次のような傾向が見られます。

  • 子供のころ、親(特に母親)に承認されてこなかった人が
  • そのことにより成長しても自己肯定感が低いままだと
  • 社会に出てから比較的早いうちに心を病む

もちろん、この3つはワンセットではありません。

特に2番目で、成長過程で親以外からの承認を得られて自己肯定感を得られた人は心を病まない可能性が高いと思います。

 

また管理人もデータが10名弱ぐらいなので「本当にそのデータは正当なのか」と訊かれると自信を持ってそうだとは言えない面があるのは事実です。

しかし管理人の周囲で見聞きした範囲で言えば、

  • 子供のころ、親(特に母親)に承認されてこなかった人が
  • そのことにより成長しても自己肯定感が低いままだと
  • 社会に出てから比較的早いうちに心を病む

という傾向は強いように思われます。

 

 

なぜ自己肯定感が低いと心を病むのか

この理由を考えると、自己肯定感が低い人は往々にして「自分の限界がわからない」ため「限界を超えて頑張ってしまう」からではないかと推測されます。

 

親から承認されて来ず「あなたはダメだ」「もっと上にいける」「お姉ちゃんはもっとできた」と言われると、子供は

「自分は能力が低く、求められる結果も出せていない」

と刷り込まれます。

その刷り込みが「もっと頑張らなければいけない」 「まだ足りない」という思考回路を生み出すわけです。

更に言えば、頑張れば承認されるのではないかという希望(あるいは頑張った時に実際に承認された体験)が、「もっと頑張らなければいけない」「まだ足りない」というサイクルを作り出すのです。

 

そのため社会に出てから現実的・時間的に不可能なタスクを与えられても

「これは自分にはできないのではないか」

という冷静な判断をすることができません。

「できないのは自分に能力が足りないからだ」

「できないといって否定されたくない」

という思いが、自分の限界を超えてまで働かなければという思い込みを生んでしまうのです。

そしてある時、心を病んで仕事に行けなくなるのです。

 

 

親に承認されず自己肯定感が低い人たちは他者に優しい

このような方達にはもう一つ特徴があります。

それは「他者に対して献身的で優しい」という点です。

人の気持ちに敏感な方が多く、自分を犠牲にしても同僚を手伝ったり友人の愚痴を聞いてあげたりします。

自分が親から承認されて来なかったことを考えると他者に対しても否定的になりそうな気もしますが、実際にはそうではありません(管理人が知る限りでは)

これは恐らく、自分に対する評価・肯定感が極めて低いため「人の役に立ちたい」という思いが根底にあるのではないかと推測します。

 

しかし人間、自分の限界を超えている時に人の面倒まで見られないものです。

献身的であることが余計に自分を苦しめ、しかし人に対して突き放すことができず、より精神的に辛い状況になっていくのです。

 

また自己評価・自己肯定感が低いため、他者と自分の優劣、あるいは他者が抱えるタスクや課題と自分が抱えるタスクや課題の優劣がつけられないことも問題です。

例えば

「明日自分は朝から仕事で重要な会議がある」

「友人は明日も休みで、今は彼氏の愚痴を言っているだけだ」

という状況で、延々と自分の時間を割いて愚痴を聞いてしまうのです。

最終的には無理をして付き合い続ける関係が息苦しくなり、その関係を断つことになりがちです。

 そしてそのことを後悔し、より自己肯定感は低くなります。

 

 

それでは「親に承認されて来なかったせいで自己肯定感が異常に低い」人がそこから脱却するにはどうしたらよいのでしょうか。

明日は自己肯定感の低さから抜け出す方法について考えてみたいと思います。

(続く)