誰かに相談された時に、「正論」を語ってはいませんか?
もしそうだとしたら。
その「正論」、あなたが実行できますか?
人は正論を聞きたくて相談しているわけではない
あまりこういうことを書きたくないのですが、管理人は現在在籍している会社・部署の上司に相談はしません。
報・連・相とよく言いますが、報告と連絡はしますが相談はしない。
それは、相談しても正論しか返ってこないからです。
ブログで愚痴を言うわけではないのですが、人は正論が聞きたくて誰かに相談をするわけではありません。
解決を求めているからこそ相談するのです。
むしろ、正論は分かっている場合がほとんどなのではないかと管理人は思います。
例えばAさんとBさんの人間関係がうまくいかず、共同して当たるべき作業が先に進んでいない場合。
ここで「会社なんだから人間関係にこだわらず作業をするべきだ」というのは正論です。
しかしそんなことは、相談する側はおろか、当人達だって分かっているわけです。
そんな中で正論を言ったとしても何の解決にもならないばかりでなく、時間も無駄ですし聞かされている方も不快になるだけです。
相談されたら解決策を考えよう
求められていることは「正論を言う」ことではなく「問題を解決する」ことです。
上司はそのためにいるわけです。
部下では解決できない問題を解決してやれる可能性がある、少なくともひとつ上のステージから知見を述べたり、あるいは上位職である権威を用いて裁決を行なったりできるから役職が上であるのです。
だからこそ管理職は相談されたら正論を言うのではなく、「どうやったら問題が解決できるか」を考えてやる必要があります。
もちろんそれが部下自身で解決できることであればそれを伝えるべきですし、あるいは相談をされた側としても対応に苦慮することであればさらに上位職に話を持っていくことも必要かもしれません。
しかしながら、少なくとも分かりきった正論を述べることには何の意味もない。
そして正論は時に、その場にいない誰かを批判することにもなります。
ですが正論を言っている人が、批判した当の相手に対して自分自身で「あなたが間違っている」と言いに行くことなどまずありません。
それであれば、その場にいない人を相手に勇ましいことを言うのはやめ、正論でなくても解決に近づく方法を考えるべきでしょう。
正論を言っていると「自分は正しいことを言っている」という気になりがちです。
しかしそれを自分が実行できるのか、その場にいない相手に聞かせられる内容なのか、も一度考えてみるべきでしょう。
それでは今日はこの辺で。
明日は「口は出すけれど手は出さない人たち」を予定しています。